本記事は先端科学の情報提供を目的としています。治療の推奨や診察などの医療行為や治療に伴うリスク判断はいたしかねますので、必ず診療ならびに詳細情報の入手に関して主治医と専門家との相談を行ってください。
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腸内フローラ改善のための便移植とは?
腸内細菌叢(腸内フローラ)とは?
腸内細菌叢は「腸内フローラ」と呼ばれている、腸内の細菌の集合体のことです。
腸内には様々な種類の細菌が生息しており、大きく分けると以前紹介した光岡先生が提唱した「善玉菌」「悪玉菌」「日和見菌」の3つに分けられます。
代表的な善玉菌には「乳酸菌」や「ビフィズス菌」が挙げられますね。
わかりやすい解説はビオフェルミン製薬のこちらの記事を御覧ください。
腸内フローラは消化器系疾患以外の疾病にも関係しているという報告
腸内環境の話となるとやはり消化器系疾患と直結することが多いのですが、
実は近年の研究では腸内フローラは、その他の疾患にも影響を与えている可能性が示唆されています。
例えば、糖尿病やメタボリックシンドロームなど代謝性疾患[1]Qin, Junjie, et al. “A metagenome-wide association study of gut microbiota in type 2 diabetes.” Nature 490.7418 (2012): 55.、
関節リウマチや多発性硬化症などの自己免疫疾患、
自閉症やうつなどの精神疾患といった様々な疾患に関与している可能性があります。[2]功刀 浩, うつ病・自閉症と腸内細菌叢, 腸内細菌学雑誌, 2018, 32 巻, 1 号, p. 7-13, 公開日 2018/01/29, Online ISSN 1349-8363, Print ISSN … Continue reading
便移植による腸内細菌療法の現状と展望
便移植の治療効果が科学的に実証され始めている
腸内フローラが乱れることで、下痢や便秘、便の悪臭などの症状が出るとされています。
それだけではなく、様々な疾患関係していると言うことが分かってきました。
腸内環境の改善には、食生活の改善や善玉菌としての乳酸菌の摂取などが必要ですが、近年「良い腸内フローラを持つヒトの便を移植することで腸内フローラを改善できること」がわかりました。
これは医療では「便移植療法(FMT: Fecal Microbiota Transplantation)」として実績が積み重ねられ世界各地で行われるようになったのです。
先ほど紹介した順天堂大学の研究では、事前に抗菌剤療法を行い腸内細菌叢を「リセット」した上で、便移植療法を行うことで健康な腸内細菌叢を作ることができると期待されます。
潰瘍性大腸炎への治療選択肢としての便移植
日本では順天堂大学の石川教授によって「潰瘍性大腸炎(UC:ulcerative colitis)患
者やクローン病(CD:Crohn disease)への新しい治療選択肢」として、
抗菌剤療法を便移植療法の前治療 として2週間投与する FMT コンビネーションセラピー (Antibiotics-FMT:A-FMT)による腸内細菌療法が研究されています。
潰瘍性大腸炎の患者さんは、腸内環境の不均衡、つまり糞便中の微生物叢の多様性の減少、主要嫌気性細菌(BacteroidesおよびClostridium subcluster XIVab)が低レベル化、低濃度有機酸などが報告されています。[3]Nemoto, Hideyuki, et al. “Reduced diversity and imbalance of fecal microbiota in patients with ulcerative colitis.” Digestive diseases and sciences 57.11 (2012): 2955-2964.
潰瘍性大腸炎の原因及び治療法は判明しておらず、大腸炎の炎症を抑えるために薬物を投与する対処療法が行われていました。
そこで、腸内環境を改善することを目的として便移植が用いられたのです。
2017 年にランダム化比較試験(RCT)による研究が行われ、潰瘍性大腸炎に対する便移植の有効性が主張されています[4]Paramsothy, Sudarshan, et al. “Multidonor intensive faecal microbiota transplantation for active ulcerative colitis: a randomised placebo-controlled trial.” The Lancet 389.10075 (2017): … Continue reading。
この2017年論文においては被験者は凍結ドナー便を週5回、計41回自己浣腸して8週間後に改めてその効果を検証しました。
中度〜重度の過敏性腸症候群への治療選択肢としての便移植
2018年にランセット胃腸病学および肝臓学誌に掲載された論文では、
過敏性腸症候群の患者に対して、二重盲検プラセボ比較試験を行い効果が検証されました。
便移植を受けた55人の参加者のうち36人(65%)がプラセボを受けている28人のうち12人(43%)が3ヵ月後に反応を示したと報告しています。[5]Johnsen, Peter Holger, et al. “Faecal microbiota transplantation versus placebo for moderate-to-severe irritable bowel syndrome: a double-blind, randomised, placebo-controlled, parallel-group, … Continue reading
便秘症状の改善への治療選択肢としての便移植
2017年にPLosOne誌に掲載された研究では、慢性便秘に対する治療的アプローチとして、糞便微生物叢移植を行いました。
この研究では無作為化比較試験を行い、遅発性便秘症患者における従来の治療法単独(対照)と追加治療(介入)の効果を比較することを目的としました。
結果として介入群と対照群との間で臨床改善率(53.3%対20.0%、P=0.009)、
臨床治癒率(36.7%対13.3% P=0.04)として有意差が認められました。[6]Tian, Hongliang, et al. “Fecal microbiota transplantation in patients with slow-transit constipation: a randomized, clinical trial.” PLoS One 12.2 (2017): e0171308.
他人の便を用いるということからすこし躊躇するところは無くはないと思われますが、健康な人の腸内細菌叢を使用する効果が実証されつつあるんですね。
腸内フローラにおける便移植の最新科学
潰瘍性大腸炎においては冷凍が劣っているとは言えない
便を移植する際にはドナーが必要で、当然に病気にかかっていないドナーでかつ、アレルギーなどほかの問題もない人の便が使われます。
また、冷凍された便よりも生菌の移植のほうが定着率が若干高いことは分かっています。[7]Lee, Christine H., et al. “Frozen vs fresh fecal microbiota transplantation and clinical resolution of diarrhea in patients with recurrent Clostridium difficile infection: a randomized clinical … Continue reading
しかし、論文を読むと冷凍された菌は生菌と比較して劣っていないことが示されています。
これは「無作為二重盲検非劣性試験」という統計的な方法で調査されています。
よって、論文自体の結論も「冷凍FMTを提供することの潜在的な利点を考えると、その使用はこの設定では合理的な選択肢」と結論づけています。
腸内細菌叢では、乳酸菌やビフィズス菌などがたとえ加熱処理等で死んでいたとしても、
健康への影響は期待できることが仮説として提唱されていますが、
便移植においても「他人の加熱処理された便であっても効果がある」可能性がありますね。
肥満も便移植で解消するかもしれない?
Natureに2006年に掲載された論文で「An obesity-associated gut microbiome with increased capacity for energy harvest(肥満に関連するエナジーハーベスト能力向上性のある腸内細菌叢)」という面白い研究があります。
これはつまり、肥満につながる腸内細菌叢が見つかったという報告です。
実験では遺伝的に肥満になるように作られたマウスおよびその腸内微生物叢と、
肥満ではない腸内細菌叢を比較したところ、BacteroidetesおよびFirmicutesの相対存在量のが異なることが明らかにされました。[8]Turnbaugh, Peter J., et al. “An obesity-associated gut microbiome with increased capacity for energy harvest.” nature444.7122 (2006): 1027.
しかも、この特性は伝染性があると結論づけています。
例えば無肥満マウスに「肥満微生物叢」をコロニー形成させると、「除脂肪微生物叢」をコロニー形成させた場合よりも、体脂肪が大幅に増加することが報告されたのです。
この研究では宿主の遺伝子型および生活様式(エネルギー摂取量およびエネルギー消費量)と共に肥満の病態生理学に寄与する一連の遺伝的要因と見なすべきという概念を支持しています。
しかし、マウスとヒトの両方での腸内細菌叢の相対的存在量と肥満の間の関連性を仲介するのにどのメカニズムが関与しているのか、そしてこの関係はどの程度自立しているのかということについてはまだ分かっていません。
研究が進むことでヒトの肥満と腸内細菌叢の関係がより分かってくることが期待されます。
References
↑1 | Qin, Junjie, et al. “A metagenome-wide association study of gut microbiota in type 2 diabetes.” Nature 490.7418 (2012): 55. |
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↑2 | 功刀 浩, うつ病・自閉症と腸内細菌叢, 腸内細菌学雑誌, 2018, 32 巻, 1 号, p. 7-13, 公開日 2018/01/29, Online ISSN 1349-8363, Print ISSN 1343-0882, https://doi.org/10.11209/jim.32.7, https://www.jstage.jst.go.jp/article/jim/32/1/32_7/_article/-char/ja |
↑3 | Nemoto, Hideyuki, et al. “Reduced diversity and imbalance of fecal microbiota in patients with ulcerative colitis.” Digestive diseases and sciences 57.11 (2012): 2955-2964. |
↑4 | Paramsothy, Sudarshan, et al. “Multidonor intensive faecal microbiota transplantation for active ulcerative colitis: a randomised placebo-controlled trial.” The Lancet 389.10075 (2017): 1218-1228. |
↑5 | Johnsen, Peter Holger, et al. “Faecal microbiota transplantation versus placebo for moderate-to-severe irritable bowel syndrome: a double-blind, randomised, placebo-controlled, parallel-group, single-centre trial.” The Lancet Gastroenterology & Hepatology3.1 (2018): 17-24. |
↑6 | Tian, Hongliang, et al. “Fecal microbiota transplantation in patients with slow-transit constipation: a randomized, clinical trial.” PLoS One 12.2 (2017): e0171308. |
↑7 | Lee, Christine H., et al. “Frozen vs fresh fecal microbiota transplantation and clinical resolution of diarrhea in patients with recurrent Clostridium difficile infection: a randomized clinical trial.” Jama 315.2 (2016): 142-149. |
↑8 | Turnbaugh, Peter J., et al. “An obesity-associated gut microbiome with increased capacity for energy harvest.” nature444.7122 (2006): 1027. |